裴敬隆学兄を偲んで。


 裵敬隆学兄(69年政経卒、2000年院卒))の4回忌を前に10月24日ゆかりの同

窓生数人で、同人の最後の居住地伊豆城ヶ崎海岸にある裵邸を訪ねた。折りし

も台風21号の影響で強い雨が降っていたが、呉世一、曺昌淳(京大卒、子供二

人が早大卒)、鄭剛憲、朴魯善夫妻、尹正淳の六人が参加し、市内の飲食店に

おいて遺影を前に奥様と共に故人を偲んだ。

 故人は60年代に大学を卒業後、約30年にわたり会社経営に携わり、50代に入り

早大院アジア太平洋研究科に入学、その後大学講師などを務めた変わり種で

60年代の学生時代の数々の武勇伝から、研究者の道を歩んだこの20年間にわた

る思い出話に花を咲かせた。奇しくも10月24日は裵先輩の75回目の誕生日であ

った。

 奥様や、先輩らの話を聞くにつれ、ご夫妻がとてもとても深い愛情で結ばれて

いたことをしみじみ実感し、72歳という年齢で夫を失った奥様の悲しみはいか

ほどかと改めて痛感した次第です。

 ウリ稲門会との関りで言えば、2000年代に「朝鮮戦争の起源」の著者、ブルー

スカミングス:シカゴ大学教授(奥様が韓国系アメリカ人)をウリ稲門会で招

請し、母校の井深大記念国際会議場にて講演会を開催するなど大きな足跡を残

した先輩であり、ウリ稲門会にとっても大きな損失であった。




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Tomonkai